9月27日(日)に平塚(大磯?)の海岸通りで転倒事故を起こし、救急車で搬送されて口の周りを合計8針縫う怪我をして一泊入院した。事故前後から2~3時間の記憶が全くないので転倒の状況は全く分からないが、怪我や自転車などの様子から想像すると、おそらくとても遅い速度で道路左側のガードレールに接触して顔面をガードレールか路面にぶつけたのだろうと思われる。自転車の破損はほとんどなく左のサイドバッグに小さな擦った後とキャリアがわずかに変形していた。かなりの出血があったと思われるのだが、衣服や自転車に血の跡が全くなく持っていたハンカチ代わりの手ぬぐいが汚れていただけだった。ヘルメット本体には傷は無いがバイザーに擦った跡があった。転倒の衝撃で脳震盪を起こしたらしいが、ヘルメットにも頭にも大きな傷跡は無かった。
9月28日(月)結局、救急搬送された病院に一泊入院して様子を見た後、翌日郡山の自宅に帰宅して旅を中断することとなった。サイドバッグとリアバッグの荷物はゆうパックで自宅に送り、自転車は輪行して東海道線と東北新幹線で郡山駅に夕方到着。郡山は雨が降っていた。自宅まではタクシーに乗ったが、輪行自転車をタクシーに載せたのは初めてだった。
9月29日(火)翌日さっそく地元の総合病院に行って傷の様子を確認してもらった。
精神的にもかなり落ち込んでいたし、傷も痛くて普通の食事がとれないので数日は何もできず家で養生する。傷は水で良く洗って抗生物質入りの軟膏を塗って絆創膏を貼り、毎食後抗生物質の飲み薬を2種服用した。特に大きく化膿することは無かったのが良かったが痛みは続いた。
口の周りの傷よりも舌の先の裂傷の方が気になった。舌は縫ってなく、そのまま自然治癒を待つしかないようだが、大きく切れた舌先の痛みと違和感で咀嚼ができない。唇もよく動かせないので水を飲んだりうがいをしようとすると唇の隙間から水がピューっと漏れてしまう。雑炊やうどん、シチューと食パンなど、あまり噛まなくても食べられるものを食べていた。
10月5日(月)抜糸する。つぶれた傷跡に縫った糸が埋もれてしまっていて、掘り出して糸を切るのがめちゃくちゃ痛かった。まだ傷は完全にはふさがって無く、抗生物質の軟膏と飲み薬を引き続き処方される。
だんだん傷がふさがりかさぶたが乾いてきて、少しずつ普通の食事も食べられるようになってきた。
10月13日(火)傷は完全にふさがったので歯医者に行く。上下の前歯2本が半分折れ、残りの前歯も少し欠けている。幸い神経や歯根に影響は無いようだが欠けた歯を治療するには時間がかかるので、とりあえず折れた部分をコーティングだけしてもらい旅が終わったらきちんと直すことにする。
10月14日(水)そして本日、旅を再開するため平塚駅に向かう。サイドバッグとリアバッグの荷物は一昨日平塚郵便局留めで発送してある。郡山駅で自転車を分解して輪行バッグに収納する。


JR普通列車で平塚駅まで約5時間20分。15時過ぎに平塚駅に到着する。南口に降りて自転車を組み立てる。


次に平塚郵便局に行き、荷物を受け取って自転車に積載する。


こうして旅の再開の準備は整った。今夜は平塚の快活CLUBに泊まって明日から走り始める。
結局この事故の原因は気の緩みが元だったと思う。東北・北海道を終えて旅の行程が約半分を過ぎ、季節が秋に向かう時期に、緊張感が欠如しフワフワした気持ちで走っていた。
これから冬になってますます日も短くなり気温も下がり、そして精神的テンションも下がる恐れがある。まずそれをきちんと自覚して最後まで旅を全うしたい。
家族にも大変な心配や迷惑をかけて始めた旅だ。こんなことは二度とあってはならない。気を引き締めやり直したい。でもこの旅は苦行ではないので楽しむところはちゃんと楽しんで走りたいと思っている。
大変お心配をおかけしました。明日からしっかり頑張って旅を楽しみます!


コメント
まずは、「再開」できるほどに回復したことを心よりお祝いします。
次に、再開に反対した家族もいたのでは?
それは心底貴殿のことを思ってのことだと思います。
その思いを魂に刻んで下さい。
最後に、道中の安全をMAXで祈念します。
10月入ってからは毎日ここを覗いていました。心配していました。
でも、ここ2、3日仕事に追われて見ていなかったら、学生が「モーニング食べてる」って言っていて、慌てて見たら再開されていました。
本当に大変でしたね~。もう再開は無理だろうと思っていましたが、鋼のメンタル、立派です。
とにかく安全に無理はしないで行けるところまで行ってください。本当に行けるところまででいいですからね。何回再開したっていいんだから。
再開、おめでとうございます!
大変でしたね。
ゆっくりのんびりで
ご安全に!